ずいぶんと刺激的なタイトルですが、ライヴ直前の私の身の上におこったことです(笑)
上記のアニタ・オデイ姐さんの歌唱を観て(聴いて)、ライヴ本番を迎えたら、いきなり何かがちがったのです。
もーっちろん、観たヒトすべてにそんな事がおこるヨシもないのですが、個人的に「ふぅん、そういう事も本当におこりえるのだなぁ」と、ぼーっと思っているところです。
もちろん、色んなことを考えて、壁にぶちあたったり、悩んだり、そうやってできたベビスネの「歌を考える凸凹」にガチっとハマる何かヒントがあったのであり、練習もせずに上手になりゃ世話ござんせん。が、しかし、自分にとっては相当にドラスティックなことだったのと、単にハートを鷲掴みにされる、言わずと知れた、アニタ姐さん一世一代の名演中の名演、といわれているもので、ソフト(DVD)も、なにやら現在廃盤で効果にて中古流通している模様ですので、ライツ的には微妙ですが、それでも皆さんに触れていただきたく、こちらにご紹介。
以下は不要な雑談ですが…。
唄って弾いて、お金もらっている身で、みずから断言するのも甚だ気が引けますが(トータルで「見せ物」として評価してもらっているつもりです)、あんまり歌に自信がありません。
これは…ギターとちがい、歌に関して私は、「なんにもお手本がなさすぎる」せいではないかと、今になって感じております。
ええ、そもそもが自作曲なんかを作って演奏するために歌い出したこともあり、イマイチ「完成形」を胸にアタマに描けていない、そういったなんというか、エネルギー的な甘さ弱さを感じます。「まなび」の語源は「まねび」とも言うそうです。超弩級の天才でもない限り、たいていの場合は、誰かの完コピを目指して、ひとつの「憧れ」エネルギーがその芸を磨き、あこがれに「近づける」という作業がまさにその研磨ではないかと思います。ギターの場合はまさにそうです。
それが、まんまパクリ的なものになってしまうのが器用なのか、あるいはパクリきれないのが不器用なのか、パクリにならない程度で自分らしさを出せるのがクレヴァーなのか、あるいは欲張りに、いろんな人のいいとこ取りをしていた結果、唯一無二の個性になるのか、そのあたりは万事「さじ加減」といったところだとは思いますし、さらにそれが「ウケるかどうか」は別問題なのですが、「なりたい」欲求は、音楽やその他の芸ごとのための強固な基盤であったりします。
が、私は「大好きなシンガー」はいても「なりたいシンガー」がやはり、居ないというか、マネしてでも手に入れたい、というエネルギーに欠けていた部分で、どうにも弱かったのではないかと思います。
そこに、この歌唱がきて、いや、別にアニタになりたい(微妙に回文ではない)と思ったわけではないのですが、自分が欲しいもの、音程がどうとかではなく、私自身が、自分に欠けているとは思っていなかったけれども、足りなかったもの、工夫するポイントがふんわり降りてきたような事だったのではないかと思っています。
観念的でわけわからない話になりましたが、そんな感じでした。
なんでもいいから、続けているといろんな発見があって、日々たのしいです!