前回の記事はこちら→「きっと」で作る、バロックギター製作記 #3
今回、私が作ろうとした「バロックギター(厳密に言うと少しちがうのだけど)」は、300年前とかに作られていたスタイルの楽器で、弦やフレットだけではなく、ボディの形状や大きさがかなりちがいます。
写真の向かって左が今回製作したもの、右がいわゆるクラシックギターといわれるタイプのもので、いわば20世紀スタイルの楽器。キットをそのまま組み立てれば、右のやつができる手筈になっていた。
そう、目論見としては、クラシックギター(キットの内容)よりも小さいボディの楽器なので、ああ、よかった、と。切り抜けばいいのでありましょう。と思っていました。
そして印刷し、切り抜いて型紙状態にした、クレーンホームページよりダウンロードした図面をあててみたところ、「ウッ」となったのです。
文字で書いても難しいので、図で説明します。
先程の写真と同様に、左が今回作ろうとしている形、右がキットにはいっている形。作ろうとしているバロックギターのほうが、縦方向にひとまわり、横方向に二回り半くらい小ぶりで、縦に長いヒョウタン型であります。キットの表板には、すでに右のカタチにサウンドホール(センターに開いている穴、これを指してロゼッタとかロゼットとかローズというときもある)が空けてあり、穴のまわりに装飾が完了してあります。
で、カタチというか、外周というか輪郭そのものは、全く問題ないのです。切ればいいのです。が、しかし、サウンドホールのボディ上端からの距離に注目、なのです。
重ねてみましょう。
はい、少しわかりにくいですが、黄色い丸が、バロックギターのサウンドホールの位置であるのに対して、キットに開けてあるサウンドホールは、ずいぶんボディ上端寄りになのです!
バロックギターのほうが、ボディ縦方向真ん中よりに穴があいており、モダンのものよりなんとなく「おデコが広い」感じであり、そこに忠実に作るとなると、いきなり表面板から「キットのままでは使えない」ということになってしまうのです。さらに、サウンドホールのまわりの装飾も、バリバリにモダンのものであり、キットの材料を使うとなると、どうあがいても、すこく面立ちの異なった、なんとなくバロックギターっぽくない、つか図面に忠実ではないものが出来上がってしまうということなのです!
左が図面(オリジナル楽器)に忠実な姿、大して右が、最大限キットを活用した際に得られる姿。
はい、ここで私は唸り声をあげながら寝床に伏せりました。どないしたらええねんや。
さらに、よーく見ると、キットの表面板にほどしてある、サウンドホールまわりの装飾(箱根のお土産のような寄せ木細工)は、とても美しくて精密なものなのですが…。
う、上のほうが途切れている…。
そうなのです。キットどおりに組めば、サウンドホールの上のほうは、ギリギリまで指板が重なるので、この部分の装飾は隠れてしまうのです。だから、いらない…。でも、実は私の作ろうとしているバロックギターは、指板とネックはボディのヒョウタン型の、上部にぺたっと着いているスタイル…。あああああっ!
この時点では、初心者にもかかわらず、せっかくアーリーギターを作るのであれば、古楽ファンの人に見せても「おお、バロックギターだ」と思ってもらえるようなヒストリカルなものを作ろうとしていたのですね。
唸り続けながら、私は、ある方とお仕事でご一緒するのでした…。
それは…。
調律師にして、楽器製作家、さらにステキな音楽を作り続けているミュージシャンでもある、アノニモスこと かやの 木山(もくざん) 氏 です。
かやのさんとは、2010年あたりにチェンバロ運びのお仕事関係で初めてお会いし、以来、お仕事いただいたり、ライヴにご来場いただいたり、ちょこっとGaragebandやLogic Proの操作の手ほどきをさせていただいたり、色んな所でご一緒しておりますが、このタイミングで、せや!かやのさんに相談や!と思ったのです。
そもそも、私のまわりにはチェンバロを中心に、楽器製作をされる方が何名もいらっしゃり、中にはガチでビウエラを作っちゃう、それこそ楽器的にも「楽器的に近くて、神がかった」方もいらっしゃいます(のちほど登場されます)。なので、本来ならばそういった「たくみ」の方々の門を叩いて習いながら自分も製作を進めるのがスジというものに思えますが、私はなんとなく自分で趣味的に没頭してみたくなった、というか、もがいてやってみて、疑問だしをたらふくやってから、純粋なプロに訊こうかと思っていたのかもしれません。
ん?
かやのさんは、純粋なプロじゃねーの?
んふふふ、ガチプロ中のプロですが、まぁ、純粋という言葉にはいろんな側面があることを承知で、純粋か?と問われると、さにあらず、かやのさんは、下記サイトをご覧になっていただければわかるとおり、ただ単なるチェンバロ、オリジナルに忠実な楽器よりも、彼のなかに渦巻くアイデアが急角度で練り込まれた、とてもブッ飛んで楽しい楽器をばんばん作っている方なのです。
たとえば、チェンバロの蓋の裏側が鏡張りだったり、普通はラテン語の格言などが書いてあるところに、誰にも読めない「暗号」が書かれていたり、ある鍵盤がダミーだったり、チェンバロ型クラヴィコードだったり、はたまた、ふつうの12音階ではなく、オクターブを12〜15分割に変更できる鍵盤を持つ楽器であったり…
初めて見たり説明されたりした時は、のけぞった拍子に首を骨折してしまいそうなくらいの、ユニークで面白い楽器をばんばん作り続けている人なのです。
ロックという、よその畑から迷い込んできた私にとっては、「この人だ、この人に楽器作り習いたい」と激しく思わせる、スーパー楽器人なのです。
で、たまたまその日、私はLogicProXの手ほどきをする約束もあり、都内某所にて集合になりキットのハコをかかえて上記の問題をぶつけてみました!
Q.(ベビスネ)穴の位置が、キットとずれるんですが…
A.(かやの)ん〜、オレならそのまま使っちゃうね(即)新しい材を買ってきて穴開けてる時間はもったいない。
んがーん!
Q.穴まわりの装飾が、切れちゃってるんですよね、コレ、裏返して装飾のない面を使ったほうがいいですかね?
A.(装飾が切れているところを指して)描いちゃえば?せっかくあるんだから使っちゃったほうがいいね。
ががーん…。的確だ。何をグチグチ悩んでいたのであろうか私は。つか、やっぱりこの人に訊いて正解だった。
そして、ほかにも色々なこと(材木や、接着剤、足りない部品などのこと)を訊いたのだが、それはおいおい工程の中で解説していこうと思う。でも、もっとも大切なメッセージというか、至極の一言は
「最初から、完璧でいい楽器を作ろうと思わないこと」
がーん、がーん…。そうか…。
「うまく行かなかったらどうしよう」というのは、自分を大きく見積もりすぎているから。そりゃ最大限良いものを作るために努力はするけれど、初めて作るのに、しかも木工の経験もないのに、最初からうまくいくわけがないのであります。どこか「精一杯やるけど、うまくいかなくても当然」と、切り替えられずにスタックして立ち往生しているのは滑稽そのものだったのだ…がーん、と。けっこうコペ転というか、考え方が反転し、以後ずいぶんとラクに取り組めるようになったのでした。
これは…この時の相談は…本当に大きかった!
完璧をめざさない、ということからさらに、作りたいモノと、現実の状況(パーツとか材とか色々)のコンフリクトが起こった時に「瞬時に優先順位を考えて決断する」ということと、「それは手段か目的か」を考えて判断し、アイデアを出すことを学びとれたのが大きい。特に後者は、「メイプル材でヘッドを作る」ことになっているが、ないなぁという状況になったときに、「その工程で求められている最終的な機能は何?」という問いがあれば、すぐに決断して動くことができる。「そもそも、それは何であるか」という、ひとつプログラミング学習に似た体験でした。
さぁ、ここから少しずつ事が動き出すのでありました。
かやのさん、この場をかりて、あらためて、ありがとうございました!
かやのさんが作ってくれた、嬉しい音楽。ステキだと思いませんか?
つづく。